15年経って変わったことと、15年経っても変わらないことと。
ども。
ちょっと思うところあって久々にブログを書いている。
2024年現在、私は絶賛Snow Man沼にハマっている。
アメトーークの踊りたくない芸人で楽曲がいいなと思い、ふと見たそれスノの舘様のダンスきっかけでスノ全体に興味を持ち、Netflixで映画『おそ松さん』を観て(かなり面白かった)、YouTubeチャンネルで曲を聴き、あれよあれよという間にコンサートBlu-rayを買い、U-NEXTに加入し、それスノや黄金のワンスプーン!を見漁り、好きなメンバーを選ぶところで3日悩んだ末にFC会員になった(佐久間くんにした)。
久しぶりだ、この感じ。
久しぶりの”担当”に、血湧き肉躍る。
いまのところ、個人の担当は名乗らず「スノ担」とだけ名乗っているけれど。
ああ、懐かしいな、この感じ。
2010年くらいもこんな感じだったっけ。
2009年から、二宮くんの担当を降りる2018年まで。
かけがえのない、宝物みたいな思い出。
かつての”ジャニヲタ時代”を懐かしみながらそれスノを観ていると、櫻井翔くんがゲストの回があった。
心臓が跳ね上がった。
だって、だって、あの頃の「ひみつの嵐ちゃん!」のマネキンファイブをやるって書いてあったから。
11年ぶりに。
・・・・・・・・じゅ、じゅういちねん?!?!?!!?!?
気絶しそうなくらいの年月が経っている。
そうだよね、だって私、いまあの頃の智くんと同じ年だもん。
翔くんだって42歳って言ってた。
嵐でも年取るんだなぁ・・・(当たり前)
当時を懐かしみながら再生して、編集がほぼ当時のまんまで、胸がいっぱいになって途中途中一時停止しながら大事に観た。
面白かった。
あの頃のひみつの嵐ちゃん!みたいで、すぐさま明日同じクラスの子たちと感想を言い合いたくなった。
でもあの頃一緒に嵐のことを話していた友人たちはほとんどあの頃住んでいた場所を離れて生活していて、結婚したり、子どももいる子もいたりして、それぞれ嵐がいなくても幸せそうな人生を歩んでいる。
私も当時住んでいた土地を離れて、そこからさらに離れて、毎日楽しく生活している。
15年。
2009年から、2024年。
それだけあれば、自分も、周りも、変わってゆく。
あの頃嵐が大好きで、嵐ファンであることがアイデンティティのひとつだったのに、それを手放して過ごしている。(当時の私からしたらとても考えられないことだ)
15年もあれば、そういうこともあるよね。
でも久々にスノにハマって、あ、こういう感じだったな。って。
今すごく楽しい。
嬉しい。
Snow Manありがとう。
なんかもーーーーねえ、マネキンファイブ改めマネキンナイン観て、しみじみとしちゃった。。
もちろん笑ったりして楽しみながら観たんだけどさ。
「めめ素敵!」とか「阿部ちゃんあざと~い!」とか「佐久間くん可愛い~!」とか言ったりしてさ。
それはもうほんと、変わんねぇのよ。。
うん。。
まじで、三つ子の魂百までだな~と思った。
多分一生こうなんだろうなってw
一生こうやって誰々かわいすぎー!誰々美しすぎない・・・?!みたいなw
うん。
そこは15年、てかもっと先も変わんないと思う。
やっぱりあそこの事務所のアイドルって素敵だなって思い出させてくれてありがとう。
私ってこういう感じなんだな~一生って改めて思わせてくれてありがとうw
久々の”魂(コンサート)”(もう死語?これw)行くぞ!!!!!!!!絶対!!!!!!!!!!!!!
(最近の)私と二宮くん。
まず最初に言い訳をさせてほしいんだけれど、これを書いている今は深夜、或いは、人によっては早朝と言うかもしれない時間なんだよね。
これを読む人はもしかしたら朝の爽やかな時間帯に読むかもしれないし、お腹が空いたお昼時に読むかもしれないし、リラックスした夜に読むかもしれない。
先に謝っておくけれど、こんな胃もたれするようなポエムを読ませてしまってごめんなさい。
私は二宮担だった。なぜ「だった」のかと言うと、例の熱愛報道で降りたからだ(ちなみに二回目のやつね)。
グッズやDVD、CD、雑誌の切り抜きなどを全て、全て手放した。
降りるからには決別しなきゃいけないと思ったからだ。
嫌いにはなれなかった。むしろ大好きだったからこそ、決別しようと思った。
それから私は意図的に二宮くんのことを、嵐のことを、避けるようになった。
シャッフル再生で曲が流れてきたら飛ばす。
番組が始まればチャンネルを変える。
嫌いだからやったんじゃなくて、なんだかどうにも、バツが悪かったから。
嵐ファンでいたことは私の人生で一番長く続けてきたことだから、それをかなぐり捨てたのであれば、一切を断つことが筋なのではないかと思っていた。
けれど、偶然嵐の番組をちょっとだけ観て。
あー、嵐って、やっぱ面白いな、って。
なんか、わざわざ避けなくても、タイミングが合った時になんとなく観るくらいは許してくれるかなって。誰に許しを乞うてるのかわかんないけど。
いや、自分が一番許せなかったんだよな。
勝手に好きになってさ、勝手に離れてって、都合のいい時だけ観るなんて。
もちろん、そんなこと嵐には1ミリも伝わってないんだけど。
ただの自己満の世界なんだけど。
自己満の世界だからこそ、自分が許せなくて、苦しかったんだよな。うん。
歌番組とか観ても、
わー、二宮くんかっこいー。かわいー。
って、普通に思っちゃって。
ここからもしかしたらまた元に戻る勢いで好きになるかもしれないし、このままかもしれない。もしかしたらもしかしたら、嫌いになっちゃうかもしれない。
でももう、なんでもいいなあ。
どうなってもさ、受け入れるよ。
嵐ファンだった時は、いつかこの想いが、熱量がなくなってしまうんじゃないかと恐れていたけれど。
今はそれもない。
なんかふつーに、いち国民として(?)、国民的アイドル嵐を観ている感じ。
あー、嵐いいよねー。私も好きだよー。みたいな。
この一年、正直苦しかった。
観てはいけないんじゃないか。
聴いてはいけないんじゃないか。
でもさ、もう、ふつーに、観たい時は観るし、聴きたい時は聴く。
何の宣言だよ、勝手にしろって感じだけどw
まあまあ、おたくってそういう生き物じゃないですか。
なんかどっかで線引きだったり宣言だったりしないとね。気持ちが悪いんですよ。私の場合。
過去私はこの記事でこんな言葉を書いてて。
でも多分、降りて良かったというか、これで良かったんだなって思える日が来るであろうことも分かってる。悪い意味じゃなくてね。…なんて言えばいいんだろう、難しいな……。とにかく、この選択は間違いじゃなかったんだなぁって思える日はきっと来ると思う。穏やかな気持ちでね。
ああ、それが今だなぁって思った。
ていうか記事読みなおすまでこんなこと書いてたの忘れてて、予言者かよ!って思ったくらい。w
でもさ、本心だったんだね。
本当に、好きだったんだなぁ。
今日も二宮くんは、相変わらずとびきりかっこよくてとびきりキュートでとびきりセクシーでした。
ありがとう。
これからもちょっとだけ、覗き見させてください。
たいむ・とらべ・らばーずについて語りたい
はい。タイトルの通りですね。
今回は皆さんご存知KinKi Kids『M album』に収録されている『たいむ・とらべ・らばーず』について語りたいと思います。
え?存じ上げていない?喜べ諸君、この世の全ての知識は「知ってた」か「今知った」かしか無いのだよ。
まずこの『たいむ・とらべ・らばーず』、イントロから綺麗なんですよ。なんていうかシャラララン系のイントロ。冒頭で既に私の音楽偏差値がゼロであることが露呈してしまっているが、気にせず続けよう。
綺麗なイントロを聴かせて、やがて満を持してKinKi Kidsの歌声がやってくる。
澄みわたる夜空をつつむ Crystal
恋がきらめく季節
何度だって僕は誓うよ
星屑に永遠を
ウーーーーーーーーン(卒倒)。
ちょっと考えてもみてくださいよ。こんな綺麗な歌詞をね、あんな綺麗な声でね、歌い上げるわけですよ。するでしょ、卒倒。(謎の倒置法) するでしょ卒倒きてるぜ相当満を持してのご登場。(謎の韻踏み)
あんな綺麗な声で星屑に永遠を誓われたら、どんなスタンスのキンキ担も一旦リア恋せざるを得ないよね。なんならキンキに過去に永遠を誓われた記憶があるような気さえしてくるよね。わかる。
「何度だって誓うよ」と言ってくれている通り、ほんとに何度も曲中でこの歌詞が出てくるんですよね。有言実行。口だけじゃないオトコ、KinKi Kids。
そしてとにかく歌詞が美しいんですよね、この曲。『恋がきらめく季節』ですよ。そんなことある?これたぶん冬のことを指してるんだと思うんですけど、もう冬になったらこの曲を思い出しちゃうよね。あと恋した時とかね。いままで『恋がきらめく季節』なんて思ったことないのに、あっという間に冬は恋がきらめく季節になってしまった。そう思わせる説得力が、KinKi Kidsには、ある。
KinKi Kidsの魅力って、いっぱいあるけど、そのうちのひとつが『説得力』だと思うんですよ。あの綺麗な歌声で歌われたらどんな歌詞でも説得力がバツグンじゃないですか?歌詞だけみたら「そんな恋愛経験ないなぁ……」と思ってもひとたびKinKi Kidsが歌えば絶大なる説得力。あー私にも分かるわその感情。私も過去にそんな恋愛経験がある気がしてきた。てかある(据わった目)
そんな『説得力』がキンキの魅力だと思うんです。そしてもちろん『たいむ・とらべ・らばーず』でもその魅力はいかんなく発揮されている。
綺麗な歌詞と、綺麗な歌声。
純度100%の『綺麗』を摂取できるので、この曲はかなりお気に入りです。私は寝る前に聴くのが好きかな。
これから先もKinKi Kidsは綺麗な歌を歌ってくれると思うし、カッコイイ歌も切ない歌も歌ってくれると思う。
そしてきっとそのどれもが、確かな説得力を持って私たちの心を響かせるはず。これからも楽しみにしています。
二宮担を降りました
1~2分で書いた前回の記事を投稿したら、過去最多のアクセス数を記録した。
嬉しいやら、悲しいやら(笑)
例のニュースから数日経った今、いくらか落ち着きを取り戻している。
眠りが浅くなったり、そのせいで人生で生まれて初めて目の下にクマができたりなどしているが、まあおおよそ元気に過ごしている。
前回の記事は勢いに任せて書いてアップしてしまったので、改めてもう一度担降りブログを書こうと思う。
担降りブログ。
いずれ書くのだろうなと思っていたし、なんならちょっと書いてみたいとすら思っていた。
"いつか"書いてみたいと思ってはいたが、その"いつか"は予想以上に早く来てしまった。
まさかまだ彼女との関係が続いているとは思わなかった。ちらほら言っている人も見かけたが、なんか根拠もなく勝手に別れていると思っていた。
ツーショットはもうさすがに。決定事項でしょう。
今後のことまでうっすらと、いやだいぶハッキリと見えてしまっている。
ここまできたらもう、このまま突き進もうが別れようがどっちでもいい。(私はね)
「アイドルだって人間なんだから」とか「嫉妬か?」とかの意見に長々と反論する元気もない。というかそれは多くの人がやってくれてるからできればそっちを見てくれ。
例のニュースが出てから5日以内で担降り宣言をし、友人(ジャニヲタ)に伝え、スマホの画像フォルダをPCに移し、切り抜きをゴミ袋にまとめ、グッズの買取申し込みまでした。怒涛の数日間だった。あ、あとSNSのIDも変えたしこのブログのタイトルとかも変えた。(それらも二宮くん絡みだったので…)
友人(櫻井ファンと大野ファン)は2人ともずっと「(私)ちゃんはニノ以外ありえないよね」と言ってくれてたのに、私が降りたことを伝えたら「いいと思う」「そりゃあ降りるわ」と言ってくれた。なんか悲しいね。同じ嵐ファンである2人にそんなことを言わせるのが。
もうまるで嫌いになったかのような行動っぷりだが、別に嫌いにはなっていない。
むしろ、大好きだった頃の思い出を頭の中で反芻している。
やっぱり、コンサートの時の記憶は特別なもので。
嵐が出てくる前の会場の、みんなざわざわしている感じが好きだった。
コンサート開始数分前にちらほらと立ちだして、どこからともなく嵐コールが聞こえてきて、みんなで一丸となって嵐コールをするのが好きだった。
裏から嵐の円陣の声が聞こえて、アリーナ席の人たちがキャーッ!って歓声を上げるのが好きだった。
オープニング映像が始まって、一旦緊張が解けて、リラックスしながら会場のみんなでオープニング映像を観て、カウントダウンが始まってまたドキドキさせられるのが好きだった。
カウントが0になって、嵐が降りてきて、または上がってきて、会場が悲鳴の渦になって、それを浴びながら歌い出すのが好きだった。
私は初めての現場が国立で、初めての現場なのに二宮くんからファンサ貰って、その日の帰りはよろけながら、友人と支え合いながら最寄り駅まで歩いて行ったのを覚えている。
1回目のニュース(七夕事変)が出た後の現場にも行ったけど、初めてのアリーナ席で、今までで一番近くで観る二宮くんは変わらずキラキラしていた。
ドキドキした。かわいかった。かっこよかった。
好きすぎて死んでしまいそうだった。
確かにあの瞬間の二宮くんは、世界一かっこよくて、かわいくて、私の理想のアイドルだった。
あの瞬間の二宮くんが、世界でいちばん大好きだったこと。
それは今でも変わらないよ。
好きだったよ。大好きだったよ。
コンサートは、今まで生きてきた中で一番ドキドキして、一番幸せな空間だった。
でももう、あそこには行けないのだろう。
行けたとしても、あの頃と同じ気持ちではいられないのだろう。
そう思っちゃったら、もう、降りるしかないよね。
でも多分、降りて良かったというか、これで良かったんだなって思える日が来るであろうことも分かってる。悪い意味じゃなくてね。…なんて言えばいいんだろう、難しいな……。とにかく、この選択は間違いじゃなかったんだなぁって思える日はきっと来ると思う。穏やかな気持ちでね。
本当に、本当に好きだったよ。
一番だった。ずっと一番大好きだったよ。
色々言ってしまったけれど、
決して嫌いになったからではなくて、
あなたに気持ちが戻ることが、
そしてまた傷つくことが怖いから、
あなたのことは出来る限り避けます。
9年間という長い青春をありがとう。
まあ、あっという間だったけどね。
さようなら、二宮くん。
嵐に未練はあるけれど、
あなたに未練はありません。
私は、二宮和也から降りました。